IGETA MASAOMI

「真冬の花畑」展覧会カタログより

 透明感のある鮮やかな色彩が画面の上を軽やかに舞う井桁雅臣の作品。花の直接的な描写でないにもかかわらず、その色彩の乱舞は、花のイメージに重なる。色とりどりの作品15点が見る人を取り囲むように並ぶ今回の展示は、なおさら花園に迷い込んだような感覚を強めている。

 井桁は1990年代を通し、断層的な凹凸のある支持体を用いるなど新たな絵画の方法論を考え模索していた。しかし、そうした長い時期を経て感じたのは、自分自身が心から描く喜びを感じられることの大切さであったという。2008年の久しぶりの個展で発表した、綿地のキャンバスに絵の具を染み込ませる「ステイニング」という技法による作品群は、まさにそれを体現するものであった。思いのままに筆を動かし見つけた快い軌跡を、たっぷりと水を含ませたキャンバス上に何度も重ね、色彩の純度を高めていく。そして、滲んで境目がはっきりとしないその色彩の広がりに最終段階でパステルの描線で形をとらえて凛とした気配を与える。大きな作品は、夏場に屋外の芝生の上で、太陽の光や風、鳥のさえずりや草木の香りを感じながら制作したりもするという。

 彼の作品を見る人は、その色の心地よい刺激とともに、つかみどころのない滲んだ輪郭のかたちの広がりに、思い出の風景の中の光や風、匂い、音楽などが静に呼び起こされるような気持ちになることだろう。一生のなかで最も美しい姿をみせる花の輝きにも似て、彼が最も気持ちのいいと思う純粋な色と形による世界は、人々の心の奥の遠い記憶にやさしく響いてくるのである。

吉崎 元章/札幌芸術の森美術館副館長
2009年

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